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『ゲド戦記』 父の光、子の闇

宮崎駿の描く男女は眩しい。

虫愛ずる姫君のナウシカ、彼女は無条件に他者を思いやる聖母だった。彼女を助ける少年兵アシュベルは味方に背いてでも彼女を助けようとする。空から降ってきた少女シータは他者とたちどころに打ち解け、その光は敵であったはずの空賊たちの心を和ませた。そのシータを助ける炭鉱の少年パズーは、ただ空から落ちてきただけの、いわば他人といえる少女を全力で守る。孤児ではあるが父に想い憧れ、父の夢を信じてそのあとを追う。ヒロインを助けるヒーローはいつだって素で元気で、彼らの関係は恋愛以上に恋愛的だった。

宮崎駿の描く男女は眩しい。

彼らの善には根拠がないが故、彼らは無垢であるが故それは光である。自然で純粋であるが故、「自然・純粋」を善と捉えている私達にとって彼らは憧れとなり、私達はその光に羽虫のように引き付けられてしまう。

しかし、宮崎吾郎作品であるこのゲド戦記は、そういったこれまでのジブリ作品の男女とは一線を画している。彼らはこれまでの宮崎作品の男女に対して、いわば闇であった。

主人公アレン、彼は物語の冒頭で父親を殺してしまう。その理由はヒロイン・テルーと打ち解けた後にも明らかにはされない。いや、そもそもなぜそんなことをしてしまったかも自分で分からないのだ。彼は常に闇に怯え、その一方で闇に魅入られる。「お前達が僕の死か」悪漢に襲われているテルーを救う際の彼の台詞だが、彼の行動原理は善意や勇気ではなく自暴自棄に近い。彼女を人質にとられても「好きにしろ」と、ジブリ作品の主人公としては前代未聞の台詞を吐く彼は、間違いなくジブリ初のダークヒーローだといえる。彼は「生」に向かうこれまでの宮崎作品の少年とは違い、そのベクトルが「死」に向かっているのだ。
少女テルーは顔に火傷のあとを負っており、その容姿のために忌み嫌われ、そしてその過去から人に対して心を閉ざしてしまっている。知らない相手には食って掛かり、身を救ってくれたアレンに対しても礼を言うことなく、逆にきつい言葉を投げかける始末だ。彼女はこれまでのヒロイン達と違って、積極的に他者に関わり打ち解けるのではなく、母親代わりの女性に匿われひっそりと生きている。

彼らは光ではない。また眩しくもない。

二人は劇的ではなく静かに打ち解ける。打ち解けた後も強烈な光を私たちに投げかけるのではなく、ただ二人慰めあう。ひっそりと人目を憚り歌を歌うテルー、それに癒されるアレン。「さあ出かけよう、ナイフ、ランプ鞄に詰め込んで」などと冒険の旅立ちなどは歌わない、世界で彼らがその存在を許される小さな場所の歌だ。

光ではない彼らに私たちは惹きつけられない。

しかし光とは何だろう。確かに私たちにとって宮崎駿の描く男女は眩しい。だが、その眩しさはある意味不安を誘うものでもある。羽虫のように私たちはその光に惹きつけられるが、その光の先には一体何があるのだろうかと。彼らは確かにイデアであるが、それは同時にそれが常世の存在であることを既に意味している。惹きつけられればられるほど、その光の中には私たちはそこには存在しないもの、いや光を汚すものとして存在してはいけないものだということを痛感させられるのだ。
私はそんな中にあって、ゲド戦記はジブリ作品の新しい方向性を持っているのではないかと思うのだ。先ほど述べたように、彼らは光ではなく闇である。根拠なき善意に突き動かされ助け合うのではなく、傷を舐め合うように庇い合う存在である彼らではあるが、だからこそ私たちにとってはリアルだといえる。その向こうには同じく傷を追った私たちがいて、彼らの闇は私たちの存在を承認する私たちの闇でもある。そして身近であるために、彼らは無視することが出来ない存在にもなる。パズーもシータも私たちなんかが心配しなくたって、きっと二人でうまくやっていけるだろう。しかしアレンとテルーは私たちが祈っていないとダメになってしまいそうな気がしてしまう、そんな無視出来なさも二人の魅力のような気もするのだ。この等身大のヒロインとヒーロー、そして物語。これが宮崎駿の息子、吾郎氏の私たちに受け渡そうとしたものではないだろうか。この作品ではまだ彼は自分のスタイルを確立しきっておらず、作品自体の評価も芳しくないようだ。しかしスタイルや方向性さえ定まればもっといいものが作れるのでは、と思うのは過大評価だろうか。


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