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「小さな恋のうた/こうの史代」コミックバンチ06年35号 引越してたら雑誌が出てきたので……

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こうの史代は甘美な喪失を描く作家だ。彼女の出世作『夕凪の街』も、やはりその甘美な喪失によって作品に光が与えられているといえるだろう。恐らく多くの小中学校で道徳の教科書のごとく使われているであろう作品は、主人公・凪の死がなければ世間に注目されるほどのものにはならなかったはずだ。そしてその「喪失」は次作『桜の国』で埋め合わせられることなく、しかし後付けで創られたとは思えない美しい技法で、大きな物語として完結する(雑誌掲載当初、加筆修正前は後付け感の酷い作品だったが)。

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この『夕凪の街』以外の、例えば日常のほのぼのエピソードを描いた『さんさん録』であっても、まず主人公が妻を失うという、「喪失」から物語が始まるほどに、彼女の作品にはこのモチーフが多く登場する。だが、こうのが浮き彫りにするその失われるものとは、決して仰々しくあるのではなく、読者が共感しうる、日常的なほんの些細な感情なのである。我々の琴線に『夕凪の街』が触れるのは、主人公の命が原爆によって失われたからではなく、彼女のほんの些細な恋心すらが失なわれてしまったからではないだろうか。些細な、容易に守ることができ、そして手に入れられそうなものであるにも関わらずそれは失われてしまう。その不可解さが読者を物語に食い入らせ、さらにこうのの画の柔らかいテイスト(私が未熟故、「萌え」でもない彼女の画をなんと形容していいのか分からない)と相まって、結果として作家の描く喪失は読者にとって甘美なものとなる。こうの史代はインタビューに度々「私はいつも真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」と答えているが、もしその「真の栄誉を隠し持つ」平凡な者を読者の鑑賞に耐えうるものに、「劇的に表現せずに」劇的にするならば、不謹慎な物言いだが喪失というのはもっとも便利なツールなのかもしれない。
今回取り上げる(前置きが長かったけど)『小さな恋のうた』は、既に廃刊となったコミックバンチ誌上でシリーズ連載されていた、「My Best Love Song」という企画の中で、こうのがモンゴル800の『小さな恋のうた』を題材に執筆した作品だ。これは数名の作家がJーPOPを題材にして短編を描き綴るというシリーズだったのだが、そんな浮いた作品群あって、こうの作品特有の喪失というモチーフはここでもやはりその根幹に存在している。物語は恋人同士が手紙のやりとりをしているような装いから始まるが、話が進むにつれ読者はそれが既に失われた恋なのだということに気づかされる。だがやはり、ここでもそれは「劇的に」喪失されることはない。『夕凪の街』で原爆投下シーンが描かれなかったように、二人の間には淡調な過去と現在の日常が描かれるだけで、別れのシーンは存在しなかった。別れた理由も、両親との約束で女性が実家の寺の跡を継いでくれる男性(お坊さん)と結婚をしなければならないという、現代っ子たちからすればとてもしょっぱい理由だ。そんな劇的ではない喪失であるのなら、それを取り戻すことも可能なのではと、劇的なものに慣れすぎた読者は思うだろう。だが、ここで喪失の作家たるこうの史代は劇的ではなく、しかし強烈な必然性を用意する。

― いぶきさん、誰とどこに居るのもあなたの自由です。誰と居てもどこに居ても、忘れられない人は忘れなければいい。忘れられない場所は忘れなければいい。[中略]わたしはただあなたのその永遠の淵の、どこかに居られればいい。そう思ってるだけです。

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― 気づくと毎日言ってる。直さんがここから連れ出してくれますようにと。何もかもここへ帰ってくる前に、八正しさんに会う前に戻れますようにと

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それは各々の喪失に対する向き合い方だった。喪失したものを取り戻そうとする男と、喪失そのものを受け入れていた女、そして喪失を共有しようとする女の婚約者、些細ではあるがそれはどうしようもなく失われ、各々は時間を重ねすぎていた。それでもやはり主人公に肩入れし過ぎた読者は想像を禁じ得ないだろう。どうにかして二人は一緒になれたのではないだろうか、と。しかし悲しいかな、その想像こそが作家の術中にあるのだ。こうのの言う「栄誉を隠し持つ人間」を読者に読み込ませるための秘技は、その喪失を登場人物以上に、読者が埋めようとする行為に他ならないからだ。物語の最後のコマに描かれた、「喪失」を流し捨てた海を、読者は主人公以上に食い入るように眺めたのではないだろうか。
また、この短編の企画の筋である、歌の取り上げ方の卓越さにおいても、こうのは異彩を放っていた。他の作家が作中、漫画のコマに歌詞を書き込み、歌のイメージに沿って作品を描ていた一方で、こうのは『小さな恋のうた』の歌詞を作中には登場させず、あとがきに登場させるに留め、しかし歌のイメージを新たに広げ得る作品を描き上げたのである。本来ならば現在進行形の恋を力強く歌う『小さな恋のうた』は、こうのの作品の読後にはそれが、現在進行形で歌われるからこそ、よりいっそう物憂げな悲恋を歌った歌に変わってしまう。
『夕凪の街』から続く、喪失を取り巻く物憂げさという得意のモチーフを活かし、その一方で題材にした歌に新たな物語の広がりを見せた、こうの史代の『小さな恋のうた』。雑誌が廃刊となった今では単行本が発刊されないことが悔やまれる、という言葉では残念さが言い表せぬ作品だ。

あ、作品そのものが「喪失」されてる……。


夕凪の街桜の国

夕凪の街桜の国




さんさん録 (1) (ACTION COMICS)

さんさん録 (1) (ACTION COMICS)

  • 作者: こうの 史代
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2006/03/11
  • メディア: コミック



小さな恋のうた

小さな恋のうた

  • アーティスト: 沢知恵,上江洌清作,甲本ヒロト
  • 出版社/メーカー: コスモスレコーズ
  • 発売日: 2002/09/21
  • メディア: CD



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