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『ゾンビ処刑人』A級の喉笛喰いちぎるB級映画

エログロで不謹慎な笑いが大好きだけど、筋を通すべきところでは通さなければならない、そんなどんなフニャフニャの時でも芯がカッチカッチ(ナニが?)だという方には是非ともこの『ゾンビ処刑人』をお勧めしたい。

とある映画評論家によると、ヨーロッパ発のヴァンパイアは「貴族の象徴」であり、そしてアメリカ発のゾンビは「大衆の象徴」になるのだという。そして敢えてその「群衆」であるゾンビをヒーローにしたという点では、この作品は既にコラムで扱った『キック・アス』や『スーパー!』と同じく(ゲスな笑い満載の)素人ヒーロー物の一つだと捉えていいのかもしれない。しかし、この作品が昨今の「素人ヒーロー」や「ゾンビ映画」というトレンドを踏襲しつつも、多くの映画祭で評価されたのは、そういった作品に見過ごされがちな「人殺し」や「異能者」のリアルな末路を描ききった点にあるからではないだろうか。
物語の冒頭で、主人公のバートはイラクでの任務の最中、同僚の忠告を無視して倫理を優先したが故に戦死してしまう。その後何故か彼はゾンビとして復活し、目は白濁として体は所々が腐り、食事をとると黒いゲロを吐いてしまうという無茶苦茶不便な体になってしまう。身体能力だって人並みなので弾丸を避けられず、撃たれた箇所も超回復で元に戻るわけでは決してない。要するに哀れで格好悪いのである。どんな中二病患者でもこんなゾンビの能力を欲することはないだろうし、どんなトワイライトに夢見る少女だって、ゾンビとのロマンスなど妄想の及ぶべくもないはずだ。だが、そんな低スペックのダサいゾンビであっても、主人公は生き血を吸わなければならないという特異体質になってしまったため、不本意ながら獲物を探し、しかし最低限の倫理観から、正当防衛の範囲で事をなそうとする悪人狩りのスーパーヒーローとなり、そしてマスコミの注目を集めていくのである。ここまでならば、この作品は上述したように、そこいらのヒーロー物と変わりはしなかっただろう。しかしこの物語は、次第に一般的なそれとは違った様相を帯びてくる。果たして、相手が悪人といえど殺人を繰り返し、そして世の中の脚光をどうしようもなく浴びた存在が、何事もなく友人や家族と日常を生きるという、スーパーヒーロー物の典型のようなことが現実に可能だろうか?
序盤の勢いからは、主人公がコカイン中毒の友人とワルノリしながら悪と戦うブラックコメディーだと油断させられ、観る者は苦々しい笑いを浮かべることだろう。しかし、ゾンビという不気味な大衆の象徴が、都合の良い理屈で戦い続ける「業」の残酷な帰結を突きつけられたその時、一転して物々しい悲哀が物語を支配していることに気づくはずだ。冒頭に物語は正義を喪失し、末尾に兵士達は是が非でも生きる道を選んだ。しかし、それは「映画の」という意味ではない。これはイラク戦争奇譚なのだ。「すべて」の物語は既に正義を失っていて、兵士達は是が非でも生きているのである。





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『バタス――刑務所の掟』藤野眞功

かつて、フィリピンの刑務所でプリズン・ギャングの頂点に君臨した日本人がいた。男の名は大沢努。暴力ではなく器量で生き残る道を見い出した彼は、周囲の信頼を勝ち得ながら刑務所内で登りつめていく……。

漫画ゴラクやサンデーGX連載のマンガ作品じゃあないし、船戸与一の短編小説でもないんです。実話なんですよ、この本。その事実だけでも十分に読者の食指が延びそうなものなんですが、この本が熱を帯びているのは、著者藤野眞功の文章が、極限状況の中での人間の心理状況を生き生きと描いていて、とにかく「読ませる」作りになっているからなんです。藤野の文章の魅力は、人称を極力廃する事で生まれるリアリティにももちろんありますが、それ以上に、下手に彼が日本人の倫理観から出発していないというところにあります。大沢は物語ののっけから、売春やヤクといった違法行為で日本人旅行客を食い物にする闇の住人として登場するんですが、藤野はその冒頭から大沢と同じ目線、同じ側にいるんですね。なので文章の感じは、常に大沢対それ以外という構造になってくる。例えば大沢が誘拐をはたらき、身代金を日本の人質の両親に請求しておきながら彼らが集めた金が少ないと、「驚きの声もでなかった。我が子が、四千八百キロも離れた南の島で拘束されているというのに、このクソ坊主はわずか三十万円でその人生を手放すというのか」(本文より)と逆ギレするし、同じ刑務所に入れられた日本人の友人・井口との人間関係が拗れた時には、「煙草を取りに行ってくる」(本文)と言った二行後に鉈を取り出し、次の瞬間には「これで井口の息の根を止めてやる」(本文)と結論を下してしまう。どう考えてもまともな人間の思考回路ではないのですが、とことん大沢よりの文章なので、何故かスラスラ読めちゃうんですよ。これはもっといってしまえば、本書には大沢自身が直接本を執筆したかのようなリアリティがあるということです。それほどまでに、まるで密着取材したかのような、外部情報(人を殺して埋めたら蟻に食われてその部分が凹むだとか)と同様、内省のにょさいのなさによって物語全体が構成されているんです。

また本書には、大沢がいかに刑務所で成り上がっていったのかという、一種のサクセスストーリーがもう一つの魅力として存在します。ハポン(日本人)というストレンジャーである以上、何らかの差別は受けざるを得ないし、また暴力で成り上がるというのも非常に危険で、如何に屈強な男でも、刑務所内では闇討ちされるという恐れが十分にある。もともと大沢は上昇志向があったというより、自分が快適に暮らすため、必要最低限の小銭を得ようとハンディ・クラフトを始めるんですけど、それが周囲にとてもウケるんです。で、段々とビジネスが手広くなって、彼を手伝う従業員みたいなのもできてきちゃう。あまりに大きくなるんでプリズンギャングのチームリーダーも無視できなくなって、だんだんと上層部に重用されていって、最終的に行くところまで行っちゃうということになるんですね。けれど大沢の面白いところは、本人が刑務所で成り上がりたい訳ではなく、刑務所で夢中になれることを探したいだけみたいなところがどこかにあるんです。だからせっかく自分が作り上げたシステムも、ある程度になると人に明け渡しちゃって、自分は新しい商売や流通を作っちゃう。逆境におけるイノベーションだとか顧客確保の方法なんかがあるので、ある種、ビジネス書としての楽しみ方もあるんじゃないでしょうか。

本書の読了後は、他のスラムや途上国を描いたフィクションを理屈っぽく感じてしまうかもしれません。それほどまでに、肉厚で切れ味の良い刃物を突きつけられているような、繊細だけれども重厚なリアリティが本書にはみなぎっているからです。著者・藤野眞功はまだ三十歳、文芸批評家の福田和也が帯で激賞するように、この作品に文芸の未来を見ることができるのかどうか、一読して判断してみてはいかがでしょうか。


バタス――刑務所の掟

バタス――刑務所の掟




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