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『変身のニュース』宮崎夏次系

 とても好きな歌の出だしにこんなものがある。
「Made a meal and threw it up on Sunday」 (この前の日曜に飯作ったんだけど吐いちまったよ)
 こんないきなりの脱力感から始まる歌は、その怠惰さのまま
「Stand by me-nobody knows the way it's gonna be 」(そばにいてくれないか、先のことなんて誰にもわからないんだ)
と、サビの部分で無責任な言葉を連呼する。しかしそんなに先のことがわからないとか言ってるにもかかわらず、ちょろりと
「Maybe I can see, yeah」 (まぁ、多分俺にはわかるかもね)
とか言ってしまう根拠のなさと無責任さ。なんとも救いようのないダメ人間のことをうたった歌に聞こえてしまうし、そこには人間の尊厳もへったくれもないように見えるかもしれない。しかしどうだろう、本当に我々に必要なのは重厚な物語による崇高な救済だろうか。それどころか、我々の日常はこのOasisの『Stand by Me』で歌われているように、しょうもなさやくだらなさによってこそ慰められているのではないか。何の変化もなければ劇もないようなどうしよもない日常に、ある日突然驚くほどの彩を見るようなそんな瞬間にこそ、人は人生の弾力ある強度を見つけうるのではないだろうか。今回紹介する宮崎夏次系の短編集『変身のニュース』は、内容こそは脱日常系のファンタジーだが、作品の世界感の中心にはとめどない「しょうもなさ」が溢れている。
 現在モーニングtwoで活躍中の宮崎夏次系は、デッサンの基礎がまるでないようなヘタウマ系のペンのタッチと独特の世界感を持っているとはいえ、正直この手の絵柄や世界感の作家というのはきょうび取立てて珍しくはない。しかし、彼が二軍誌の新人とはいえ一部で脚光を浴び始めている(書店員に本書の在庫確認をしたら、何の迷いもなく該当場所へと連れて行ってくれた)のは、その雑な絵に込められた「しょうもなさ」の情報量の濃密さ故だろう。それを知る上で同短編集に収録された『赤星くん』と『水平線JPG』、そして『飛ぶ車』のラストはとても象徴的だ。
img267.jpg
 『赤星くん』の主人公・赤星くんは、意中の女の子に自分が他の男子と同じようにスケベであることを知ってもらうために、その子の前で敢えてエロ本を買ってみせる。そこまではいいのだが、なぜかその後二人は肥大化した赤星くんの陰嚢に連れられて、虹の架かった空を二人で飛び去っていってしまうのである。活字化すると単なるバカ話だが、しかし宮崎のタッチで描かれたふたりは、服はおろか皮膚までも脱ぎ捨てて、まるでエーテル体で交流しているかのようなピュアさというか、より高い次元で繋がっているかのような趣すらあるのだ(でも基本バカ)。その彼の作風は次の『水平線JPG』でもいかんなく発揮され、精神を病んだ妹の世話をめぐって葛藤する兄弟を描いた物語を締める1ページは、人生の疲弊を味わったものにしか知ることのできないような、「しょうもなさ」を押し込めた見事な作りとなっている。img269.jpg作中に漂う「しょうもなさ」の一因には、主人公が避けがたいと思い込んでいた事態や運命が、終わってみればなんとかなってしまう程度のものだったという物語の不条理さにもあるのだが、それ以上に、第八話の『飛んだ車』に見られるように、妻を失った男が回想する在りし日の妻の描き方(なんかトレーニングボールで体をだらしなくエビ反りにしながら本を読んでいる)から、作家には技巧以上の感性が備わっていることが分かる。img271.jpg作家が切り取ったしょうもない日常の姿によって、読者は男にとって妻がかけがえのないのない存在だったということを、凡庸に美しい思い出を提示されるよりも遥かに親身に感じることができるのだから。

 宮崎は2009年にちばてつや賞で準入選を果たしている上、一部の層からも支持され始めているものの、未だ知名度の高い作家だとは言えないだろう。あまり情報がないので伝え聞く話やネットの情報を漁る限りでは、どうやらコミティア出身の作家だということぐらいである。だが、このメジャーデビュー作の短編を読むだけでも読者は宮崎には単なる引きこもりではない、半径2メートルの自己完結した世界感以上のものを表出するスキルがあることを知るのではないだろうか。手垢のついていない新しい才能との出会いに飢えている、本棚に講談社系の漫画が並ぶようなサブカルボーイには是非ともおすすめしたい新人作家だ。


変身のニュース (モーニング KC)

変身のニュース (モーニング KC)

  • 作者: 宮崎 夏次系
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/11/22
  • メディア: コミック



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